大西ブログ

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父さんまたブログを書こうと思うんだ

長く更新していないブログを再開するのは、行きつけだったが足が遠のいてしまった飲み屋の暖簾を久しぶりにくぐるような気まずさがある。聞かれてもいないのに「最近仕事が忙しくてね…」なんて言い訳をしてみたり。

この記事はそういった類のものである。言い訳と自分語りが苦手な人はここで引き返してください。

TwitterがXになり、ポストTwitterサービスも盛り上がっている。いくつかそれらのサービスにアカウントを作ってみたものの続かず。SNSもいいけど、やっぱりブログを書こう、自分の折々の気持ちをちゃんと書き残そうと改めて思ったのであった。

近年、ブログもSNSも全然更新しなくなってしまった。
なぜブログを更新をしなくなったかを振り返り、過去を乗り越えて、またブログを書いていこうというセルフリハビリテーションのためにこの記事を書いている。

2018年8月30日

話は5年ほど遡る。2018年の私は非常に胃を痛くしていた。2011年にはてなブログを立ち上げたときから、いつかはなさねばならないと思っていた、はてなダイアリーを閉じるという宣言をするのだ。

ユーザーの皆さんからの反響も大きかろうと覚悟をしつつ、それをどのように伝えるかは悩ましい事柄であった。信頼のおける同僚に編集を手伝ってもらいながら、どういう内容をどういう語り口で伝えるかは試行錯誤の末に最後はえいやと投稿した。

この記事には沢山の反響が寄せられた。かなり悪い想像もしていたが、その悪い想像に比べたらずっと温かい反応だった。それでも、惜しむ声や悲しむ声、たまに怒りの声もあった。

この記事への反応に限らず、いろいろな場面でお叱りを受けることも多くなった。十分覚悟していたとはいえ、別の文脈で油断していたところに不意に出くわすと、思わぬダメージになったりもした。覚悟も準備もどれだけしても、し足りないことがある。

一方で、記事の反響が大きかったことにやや興奮もしていたその日、Facebookにこんな投稿をした。

今日は1000ブクマ集め、TwitterトレンドとYahooニューストップを飾り、たくさんの実績を解除できました

この投稿には、たくさんの労いや励ましの言葉をもらった。直前に胃が痛かっただけに承認の言葉は天に昇る心地がして有り難かった。恥ずかしながら言うが、この投稿へのコメントはその後心が折れそうな時に何度も読み返して励みとさせてもらった。

たいへん有り難かったのと同時にこの時、「SNSは麻薬」という言葉が頭に浮かんだのだった。

エンジニア文脈で「キャッシュは麻薬」というフレーズがあるが、同じノリだ。インターネットの荒野で風雨に晒されることに慣れていたつもりだったが、実際に晒されている最中に不意に出くわしたオアシスで飲んだ水は随分と心に染み渡った。甘美な味は、それに慣れると危険だという警鐘を心のなかで小さく鳴らした。この甘い水を飲んでいていいのか。慣れてしまうともう戻れないのではないか。

2018年10月4日

終了の告知から5ヶ月の間に、ダイアリーのブログへの統合へと方針を定め、「ブログ統合プロジェクト」と名付けた。そして書いたのがこの記事。ダイアリーに書かれた記事をなるべく損なわずにインターネットに残したいということと、それを著者が将来にわたって編集やあるいは削除できる権利を保有できる状態を保持するのがベストだと考えた。

この決断にもたくさんの励ましと、そして批判もいただいた。多くの方にはさっき書いた意図を理解いただいたと思うが、やはり強制的な措置であるし、強引さの自覚もあった。
この頃、不意にもらう批判に慣れると同時に、自分からなにか積極的に発信していこうという気持ちになれなくなってもいた。

2019年1月29日

さらに時は流れ、ダイアリーのブログへの統合は粛々と進んでいった。この日、まだいくらかのサブシステムが動いているものの、「日記を書く」という機能を閉じたその瞬間は今も記憶に残っている。

オフィスでいつも通りの軽い口調で機能クローズのデプロイを指示し、何事もなかったように業務を終えた翌日に、Facebookに投稿しようとしてテキストエリアに書いたまま、投稿ボタンをついに押せなかった文章がこちら。

はてなダイアリーを終えてブログに統合すると発表し、粛々と準備を進めている。
昨日はついに更新機能を停止し、新しい記事というものが生まれなくなった。
後継サービスのはてなブログはダイアリーを遥かに上回るアクティブユーザーで盛り上がっている。
それでも、ダイアリーを止めることは自分で自分の子の首を絞めるような罪悪感に駆られ、SNSでの発言もあの日を境に激減し、昨夜は悲しい気持ちで夜中にエンジニアの作業を見守った。我ながらチキンで情けない。せいぜい今はこの気持ちを大事にして、統合後にやってよかったと思える世界を実現したい。

これをテキストエリアに書きながら、投下したらまたいいねが沢山つくかな、と思う自分がいた。今、まさに麻薬に手を染めようとしているなと思ってしまって、投稿をやめ封印して今に至った。

投稿できなかったのだからそのまま忘れ去ればいいのに、下書きを残して今このように開陳しているのは我ながら自己愛や開示欲が強くて赤面する。

2023年11月

唐突に現在に戻る。結局、このブログに2018年から本日まで、4記事しか書いていない。

会社役員になったり立場が変わって話せることが減ったこともある。でも、折々に書きたいことはあり下書きも溜まってきた。この記事も何年も前に書き始めた下書きを掘り起こして今書いている。

先日、YAPC::Kyoto 2023 に登壇し、自分の内面について話す機会を持った。この記事はあの登壇と同様に、自分の中で長年溜まった澱や膿なのだ。それを吐き出すことで、止まっていたものをまた動かしたいと思っている。

最後に

そんなこんなで、ブログを長く止めてしまい、また書こうとしている。

父の名前をググってこのブログを見つけた私の子どもたちは、何年も更新されてなくがっかりしているだろう。君らが生まれた日のことをブログに書いていたけど、君らの成長をあまり綴れなかったのは興味を無くしていたからではない。

上の子は来春から進学して一人暮らしをしたいと言っている。成長を驚き喜ぶと同時に、塾や学校の送迎中にぽつりと話すようなコミュニケーションすらなくなってしまうのは寂しくもある。今後は別の方法で、父の様子を知ってもらいたい、一方的にでも。

書かなかった言い訳はもう十分書いたし、これから父さんまたブログを書こうと思うんだ。

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